源 光 庵 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 11月 23, 2020 そこから歩いて、源光庵に立ち寄る。このお寺の正式名称は鷹峰山樹林源光庵と言い、もともとは臨済宗大徳寺派のお寺として一三四六年に創建されたが、元禄時代(一六九四年)に加賀の国より曹洞宗の復古道人卍山(まんざん)道白禅師が当寺に入山し、爾来曹洞宗となっている。源光庵 悟りの窓 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
好 古 園 12月 21, 2020 百日紅と櫓をポイントとして写真を撮してみる。この庭の奥は竹の庭となっている。日本の竹のうちの、代表的な十五種類を植えているそうである。枯山水こそなかったが樹木を使って、日本の庭の様々な形態を武家屋敷風に築地塀で区分けして造り上げており、まだ庭が新しいため風情の十分でない部分もあるが、全体としてはなかなか見事な庭園となっていると感じた。 江戸時代最後の姫路城藩主酒井氏は、前任地前橋で藩校「好古堂」を創立しており、当地への移封に伴ってその藩校を、この庭園の入り口付近に移設したという縁より、この庭園は「好古園」と名付けられた由である。お屋敷の庭の所には、その昔江戸新吉原より高尾太夫が落籍されて棲んでいたとも言われている。 好古園 続きを読む
好 古 園 12月 21, 2020 バスに乗って市内に戻り、姫路城大手門前で降りる。そして以前テレビで見たことのある好古園に入る。この地は昔姫路城の西御屋敷跡であり、姫路市生百周年を記念して、平成四年に開園した庭園である。西御屋敷跡と武家屋敷跡を地割り、通路など昔のままにして九つの庭園郡を造り上げており、設計監修は京都大学の中村一(まこと)教授によるものである。 屋敷門を潜ってまずお屋敷の庭にはいる。桧造りの活水軒に入る。中はホールと食堂、喫茶室が設けられている。渡り廊下を経て、潮音斎に入る。この建物は堂々とした造りの大きな池に面しており、正面には雄滝があり、その右手には姫路城の櫓が遠望でき、見事な眺めである。室内は良く冷房が利いており、この庭を訪れる人のための配慮が感じられる。次に苗の庭を経て、流れの平庭に入る。この庭は貴族の屋敷に造られていた曲水をテーマとした庭である。その曲水を、塀の向こうに遡ると、落葉樹ばかりを配した夏木の庭、そして松の庭へと続く。松の庭の奥には、花の庭があり百日紅の花が白色と紅色に咲き乱れていた。その次には茶の庭を見る。庭園は芝生に樹木を配しているだけの簡素な庭である。裏千家家元の設計、監修による双樹庵という立派な茶室があったが、時間が十分にないため中には入らなかった。この建物は姫路城の天守閣のほうを向いているとのことである。それから築山池泉の庭に入る。この庭は池に面して左手に臨泉亭が造られており、借景として姫路城の櫓が眺望できる、なかなかに風情のある庭であった。 好古園 続きを読む
王 子(飛鳥川親水公園) 12月 21, 2020 上野から京浜東北線で王子に出る。駅のすぐ西側にある音無川親水公園に行く。この王子は、もともと若一王子宮という熊野神社の一支社を当地に勘定したところから名前が出ており、紀州の熊野との縁が深い。熊野にも音無川や飛鳥山があり、そこから名前がとられたという。飛鳥山は将軍家光の折に、桜の名所として有名となったが、その後吉宗が紀州家より将軍を襲名してからは、王子神社はますます将軍家の信仰厚くなり、武士階級は上野で花見をし、庶民の花見はこの飛鳥山になったという。音無川親水公園のたもとには、卵焼きで有名な扇屋という料亭があり、王子支店在籍中は何度か利用したことがある。親水公園の桜は、残念ながら未だ三分咲き程度であり、時季的にやや早すぎた。そこで今度は王子駅より駒込にある六義園に行く。 続きを読む
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