薬 師 寺

 この東塔は各層に裳階(もこし)をつけているため六重に見えるが、実際は三重の塔である。この塔の素晴らしさの一つは裳階をつけていることにある。本来の三つの屋根の大きさが上層、中層、下層と絶妙なバランスで拡がっており、裳階の屋根は本来の屋根よりはやや小さいが、そのバランスも同様の比率で上層、中層、下層と拡がっている。もちろん本来の屋根の方が急傾斜で且つ斜面も広く、裳階の屋根の傾斜は緩やかでその斜面も小さい。この美しいバランスには何か法則性はないかと思い、後でこの東塔の図面を計ってみたところ、次のようなことが判った。つまり本来の屋根の上層、中層、下層のバランスはほぼ三対四対五となっており、裳階の屋根は本来の屋根の九割の大きさで同じく三対四対五のバランスとなっている。三対五はまた一対一・六六七であり、これは黄金分割の一対一・六一七に近い。この屋根の美しさには白鴎時代の寺大工達の、実際の仕事から得た建築美の構成割合が使用されているのであろうが、その水準の高さには感動を覚える。

この東塔の姿を見上げるとき、その高く伸びた相輪を先頭にして、この塔が蒼空の彼方へと舞い上がろうとしているのではないかという印象を受ける。そしてそういう印象を受けるのは、この六重の屋根の四方の反りが、あたかも鳥がその翼を拡げて飛び立とうとしているかのごとく見えるからではなかろうか。しかし良く観察すると各層の四隅の反りは決して大きなものではない。にもかかわらず反りが大きく見えるのは、四方の隅棟(大棟または降棟から屋根の隅角に降る棟のこと)の先に二段につけられている鳥衾(とりぶすま--- 棟の鬼瓦・鬼板の上端に突き出て先が反り上がっている円筒形の瓦)があるからのように思う。

次いで相輪を見上げる。相輪の構成は下から順に露盤(ろばん)その上に伏鉢(ふせはち)があり、これがいわば土台である。そして宝輪(九輪)が支柱に九つ取り付けられ、その上がかの有名な水煙である。この水煙は四枚からなり、各水煙に六体ずつ計二十四体の飛天が透かし彫りとなっている。その上が龍車で、先端には宝珠が取り付けられている。この宝輪特に水煙の美しさについては、秋艸道人・会津八一が次のように詠じている。

    すいえんの あまつをとめが ころもでの

              ひまにもみえる あきのそらかな

                            秋艸道人

  この三重の東塔の美しさはフェロノサの賞賛したごとく「凍れる音楽」として名高い。その意味するところは、美しいハーモニーが立体化したものと言うことであるようだ。この東塔を美しいと感じる理由の一つが裳階であり、そのために珍しい三重六層となっている塔であること。次いで各層の屋根の大きさのバランスであり、また棟の反り上がっていること等があげられる。しかし全体としてみたときの建築美として重要な要素は、相輪とそれ以下の建物の長さの比率の見事さにあろう。そしてさらに言えば、水煙の優美さであろう。相輪と建物の長さの比率は、同じく図によれば三対七のようである。しかしこの比率は法隆寺の五重塔においても、同じもののようである。三重塔にしても五重塔にしても、三対七のバランスが一番安定感のあるものなのであろう。伽藍にしても庭にしても仏像にしても、心に深く染み込んでくる美には「凛としている」ことが一つの大切な要素のように思われるが、この東塔は西の京に、その秀麗な形姿で長い歳月のあいだ「凛として」佇み続け、大和民族の悲喜交々の歴史を見下ろし続けてきたのであろう。





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